全然、日記を書いていないので、少しは記録しておかなくては、、、と。

トリケラの日記に登場した話題だけれども、ラリー=キャッツのメモリアル講演とディナー。夫人同伴とのことでディナーに出席。実現できたのはNさんご一家のおかげ。N夫人には午前中に急に入れた歯医者のアポの間、グイを見ていていただいたので頭があがらない。一日のうちに二度もよその家の子らを預かるのは、とーっても大変なこと。 
 ディナーには何を着ていったらいいのか迷った。というか、着物を着ようとは思ったけど、どのようにコーディネイトしたらいいのか。喪服は持っていないし、持っていたとしても、葬儀そのものではないので、ディナーの席に黒尽くめはイマイチだろう。で、どの程度息を抜いたらいいかという加減が難しい。お向かいのスーザン(ご本人は小児科医。同時に整形外科医?の妻)に、周囲の奥様方がどのように装うであろうかという相談をした。「ダークは着ない。季節に合った感じのパンツスーツってところでしょう」という回答。自分で思っていたコーディネイトはいつも着るポリの洗える着物の小紋(明るいグレイ)に、無地(亀甲に桐の織)の紫の帯に薄紫の帯揚げ、白の帯締め。ディナーでの汚れを気にしなくていい小紋が地味なんで、アメリカの人には普段着ということはわからないだろうという計算。バッグと草履は黒にしようかと思っていたけど、スーザンのアドバイスを聞いて、もう少し軽くしてもいいような気になってしまい、帯を黒地に花柄、ぞうりは薄ピンクに変えた。
 実際に会場でみなさんとお会いしてみると、装いを軽くして失敗!と思った。わたしはトークのほうには出席していなかったので、雰囲気がつかめなかったけれども、アカデミックなプレゼンテーションの中にも、ラリーへの追悼の思いのこもった、とてもemotionalな講演会だったよう。教授陣はしんみりと”おいら、泣けちゃうよ”という雰囲気を背負ってディナー会場へやってきた。このイベントをまとめるのに尽力された方々は、みんなのがんばりの背景にあるのは、ラリーへの想い、とにかく大変だった、でもいいイベントになってよかった、という感慨にひたっておられるご様子。そこまでのみなさんの想いを汲み取れていなかったので装いを軽くしてしまって、ああ、後悔。日本人の着物姿が重々しく映ったのか、軽々しく映ったのかは、みる人によりけりだけれども、ともかく自分の気持ちとして、ラリーへの追悼の気持ちを表現しきれていなかったということに悔いが残る。ま、わたしなんて超脇役なので、他の出席者にとってはガイジンの変な服装なんてどうでもよかったかもしれないけどさ。自分の納得という意味で、持っている範囲で一番”喪”な、当初のコーディネイトにしておけばよかった。教訓「フォーマルな場では相手への自分の誠実な気持ちに忠実に装おう!」(決してスーザンのアドバイスが悪かったのではなく、どうしてラリーの追悼講演をするのかについて、想像力が足りなかったなと思う。)
 ちなみに、もう一つ当日印象に残ったのが、学部長ジムからのお小言。トリケラがしょっちゅう遅刻したり理由もなく会議をすっぽかしたり(本人に悪気はなく、気づいていないだけ)するので、わたしまで嫌味を言われたのだ。わたし自身がおっちょこちょいなので、トリケラのスケジュール管理まではできないんですけど〜!!トリケラが所属するのは私立大学の医学部。エリート中のエリートの人(そつなく何でもこなせる、スマートでスリム、矯正された真っ白な歯も美しいハンサム)がずらりとそろう場所。そこにひげボウボウの背中のまるまったマヌケが加わったので、先方はさぞ面食らっていることだろう。学部長は、「こいつを改造してみせる」と息巻いていたという噂が。