夏の一時帰国から戻ってみたら、バロックバイオリンが壊れていた。テールピースを本体につなぐガットが切れたため。
チャペルヒルバイオリンショップ(http://home.earthlink.net/~creadick/)に持っていってみたら、「できるかどうか調べるから時間をください」とのこと。ティラノからスコミムスを経て、グイで3人目となる1/16の弓がボロボロなので、その毛替と、わたしのモダンボウ、それにバロックボウの毛替も問題なくできるとのことなので、弓2本とバロックバイオリンを預けてきた。それが10月23日のこと。「仕事が押せ押せなの〜」とジェニファーから何度か連絡があったけど、弓はともかくバイオリンのほうはどうにもならなそうなので、いい加減にがまんができなくなって昨日ひきとってきた。びよさんもあそこでの毛替は時間がかかりすぎでプンプン!とおっしゃっていたし、ジェニファーってだらしないから、もうあそこには行かない!という気持ちになっていた。
ところが今朝、ジェニファーが古楽器専門の人に連絡をとってくれて、わたしの状況を説明しておいたのでわたし本人からその人に連絡をとってみて、というメッセージが入った。初めての人に電話するのはちょっぴりの面倒くささを克服しないとできないんだけど、あのままでは楽器がかわいそうなので、エイッと電話をかけてみた。ジョン=プリングルさん(http://www.pringleviols.com/about_john.htm)は電話で話した印象では、そのノーブルな英語からヨーロッパから来た人かなぁという感じ。
うちから25分ほどの田舎っぽーいジョンさんのお家に到着したら、ご本人が母屋に増設した作業場の入り口の落ち葉を掃除していらした。思ったよりも10年くらい歳をとっていらした。細身の長身にとても長い髪を後ろでゴムでしばっていて、いかにもアーティストな感じ。作業場に入らせてもらったら、浮世絵のカレンダーありーの、素人の手作りっぽい漢字の掛軸モドキありーの、インド(かな?)の絵画ありーの、趣味の部屋の香りがぷんぷんしていた。話易そうだなぁと緊張がほぐれた。
で、楽器のほうはガットが切れてしまっただけなので、材料をストックしてさえいれば、弦楽器の専門職の人なら簡単に直せるはず。トラブルがどうこうよりも、瞬時に楽器そのものに興味をもってくれたよう。じろじろと眺めては、いろいろとコメントをくれた。東京の弦楽器デュオ(http://www.interq.or.jp/classic/duo/main01.htm)で運命的な出会い(大袈裟?)をしたいきさつを簡単に話した。実は今も手元にあるモダンバイオリンを売って、お金をいくらか足して、もう少し高い楽器を買おうと考えてデュオに行ったことがあった。今思うと、今は亡き母が家計が楽でないときに、娘のことを思って奮発して購入してくれた大切な楽器なので、結局は手元に残って本当によかった。当時、バブルがはじけてデュオも大変だったのだろう。手持ちの楽器を買い取ってもらって新しい楽器を買おうという目論見は、デュオのオーナーの抵抗にあった。「母親がバイオリンを弾く姿は子供さんの思い出に残るから」とかいろいろと説得された。なんだかんだと話すうちに、お店のストックに、どなたか他の方が、とても古いバイオリンをモダンに改造されたものを更に古楽器に復帰されたけれども、事情があって仕上がった楽器を買い取れなくなってしまったというシロモノがあるという。双子を流産したためにおりた保険金で、双子の記念に楽器をグレードアップしようと思っていたのだけれども、結局、そのお金でそのバロックスタイルに戻された楽器を購入した次第。で、「ドイツの楽器だ。ネックをいじった」というような話を聞いていたので、それをジョンさんに話した。古い楽器のネックは短く、モダンでは長いので、わたしはてっきり一時、短いネックはモダンに改造された時点で長くされ、それをバロック風に戻すので短く改造されたものと思っていた。でもジョンさんによると、そういった切ったりはったりの形跡がなく、ネックの下半分はオリジナルに見えるという。そういわれて観察してみると、なるほど、木の継ぎ目がない。でもネックの上半分と指板は新しく細工した様子が見える。この楽器でぱっと見、人目をひくのは、一般的には渦巻き状になっている楽器の先端がライオンの顔になっていること。これは素人目にもよくわかる継ぎ目があるので、オリジナルの製作の時点で、本体とは別々に彫刻されたものを継いだのだと思っていたら、ジョンさんの見解では、もともとはもっと高い位置についていた頭が、事故でとれてしまったのを、途中をカットして継ぎなおしたのではないかと。だから、間が抜けてしまってはいるものの、ライオンさんもオリジナルなはずだという。うーん、いい話を伺ったぞ〜。2、300年前からのオリジナルってやっぱり感動するよね。
ジョンさんは、その場で修理にとりかかってくれた。作業しながら、もともとはビオラ・ダ・ガンバの製作が専門だとか、いろいろな話をしてくれた。ロンドンで楽器製作を学んでいて、アメリカには楽器を売っていたのだという。あるとき、楽器販売の現地視察に訪れたときに、知人の妹(当時UNCの看護学部の学生)の家に泊まらせてもらったのが縁で結婚にいたった、という話のときはハートがとんでいて、今でもとてもラブラブなお二人の様子が想像された。映画の話にもなって、『めぐり逢う朝めぐり逢う朝 [DVD]と『The Story of Weaping Camel』を貸してくれた。ジョンさん、いい人だぁ〜。おしゃべりしている間に修理が終わって、お代はたったの25ドル。やっすーい。
楽器がもとに戻ったし、ひさしぶりに古楽な一時を過ごして、すごーくいい気分だった。アルファー波でまくり。はじめは悪く思っちゃったけど、ジョンさんに連絡をとってくれて、楽器を直すきっかけを作ってくれたジェニファーにも感謝の気持ち。で、ジェニファーの店にお礼の電話をした。「あなたの楽器のことは、本当に申し訳ないと思ってたの」ととっても気にしているという声で応対してくれた。同業者を紹介するだけでなく、先方に連絡する手間をとってくれたあたり、本当に本当に悪いと思ってくれたんだなと納得。南部的なルーズさは否定できないけど、でも根はいい人なんだとわかって嬉しかった。
ジョンさんが一生懸命415Hzに調弦してくれたので(直したてのガットがのびるので、すぐずれちゃうにもかかわらず)、久々にそのピッチで弾いてみた。ああ〜、懐かしや〜。うーん、トリケラくんのチェンバロが欲しくなるなぁ(高すぎてとてもじゃないけど買えないんだけど)。