「とりあーじ」

 「とりあーじ」triageは、病気や怪我の程度を見極め、治療の優先順位を決めることです。アメリカの中でも、地域や医療機関の規模にもよるでしょうから、どこでも同じではないとは思いますが、家がかかっている小児科では、電話を掛けるとまず音声応答システムで、用件に応じて話す相手が振り分けられます。定期検診の予約をするときは「れせぷしょにすと」receptionist受け付け係につながり、具合が悪いとか医療上の相談があるような時は「とりあーじ」の看護師と話すことになります。
 「とりあーじ」の看護師と話してみて、看護師が医師の診察が必要と判断すれば、すぐに診てくれる医師との予約を取らせてもらえますし、すぐに診る必要がないとなると、市販薬を勧められたり、水分の摂取や食事などについての指示を出されたりします。
 渡米した直後の2000年の年末に子供が高熱を出したときは、「昨夜から高熱(摂氏39度くらいだったと記憶しています)が出ています」と訴えても、熱が出たのでは昨夜では、どのような性質の熱だかわからないし、他に症状がなければ、診察しません。タイラノルを飲ませておけばいいでしょう」と、予約を取らせてもらえませんでした。風邪で1,2日くらい高熱が出ることはあまり心配しなくてよいけれども、3,4日経っても熱が下がらなければ診察してもらえるし、また熱が40℃を超えるようであれば、すぐに診てもらえるようです。
 その後、まだ乳児だった長女が下痢をしたときにも、予約が取れずに、ものすごく心配させられました。娘は下痢をして、しかも食事ができない状態(そのかわり、もう断乳させようかという母乳を無理やり復活させていました)で、白目をむいて異常に長く眠り込んだりしていたので、わたしとしては、それまでに予備知識を持ち合わせていない恐ろしい病気にかかって、死んでしまうのではないかと不安なのに、電話越しに話すだけで娘のただならぬ衰弱した状態を見てもいない看護師が、消化の良い食べ物を与えるようにというマニュアル通りの指導をするだけで予約すらとらせてもらえないので、絶望的な気持ちになりました。(英語の表現力、交渉力不足がどんなに悔しかったことか!この国には人種差別の延長で、英語がしゃべれないと差別というか、不当に扱われます。)
 以上の経験から、アメリカでは予防医療に力を入れていて、健康診断など、健康なときにはすんなり医師に診て貰え、病気になるときは、さんざん苦しんだあとに、いよいよだめだという時にならないと診てくれないのだと、誤った学習をしてしまいました。長女が4才になる直前に、風邪に始まり呼吸がしにくい状態に陥りましたが、3日後に4歳児健診の予約が前もってとってあったので、電話しても病気のときはとりあってもらえないからと、あえて電話をしないまま、3日間、長女を呼吸困難のまま家で休ませていました。その間、娘はいつもは元気に遊ぶ時間帯に気絶するように眠り込み、眠っている間も肩というか全身を使って、それはそれは苦しそうに息をしていました。さて健診に言ってみると、医師の診察の前に計測、検温などをする看護師が聴診器で胸の音を聴いて、「この子はウィージングしている(喘鳴が聞こえる)」と言われ、先方にしてみれば簡単な健診のはずが、病児の診察に切り替えられました。指先に血液中の酸素の量を測る装置を着けられ、正常ならば97%以上のはずの数値が92%しかなく、呼吸の苦しさが数値として示されました。その健診のときには外見上は相当に回復したと思えるほど、3日前の状態がひどかったので、その数字は80とか70%だったのではないかと素人考えに思えました。もちろん苦しそうにしていて、胸が張り裂けるような思いではいたけれども、そんなにも苦しい状態のまま「放置」していたことが具体的にわかって、看護師のいる前ではあったけれども涙をこらえきれずに、ぼろぼろと泣きました。悔しいやら、情けないやら。「だって、以前に苦しい状態をどんなに訴えても、予約すら取らせてもらえなかった。この病院はうんと苦しんだ後でないと病児を診ないのかと思った」と言ったら、優しくて美人(に思えた)の黒人の看護師さんは「この国では、自分の意見が通るまで、お母さんがとことん訴えないとだめよ。相手がわからずやなら、その人の上司を出せって要求するのよ。病院だけじゃなくて、相手が銀行でも何でもね!」と教えてくれました。その先の治療はできないというので、その後、最寄の病院の救急医療センターへ送られました。
 最近では要領がわかったので、熱が心配で診てもらいたいときは、発熱は2日前からという状態なら、「3日前」、その他とにかく自分は医師の診察を受けたいというときは、病状に則してうそでない範囲で、細菌感染してそうな病気や他人に感染するような種類の病気なのではないかと思うから診て下さい、というようにしています。語彙が足りないと、熱があるとか下痢をしているなどのように、説明できる症状が限られてしまいますが、全身の状態、元気がない、機嫌が悪い、横になったまま立てないなど、追加の情報の有無で病状についての判断が違ってきますので、しどろもどろでもとにかくいっぱいしゃべったほうがいいと思います。